いわゆる“いいシャツ”が求められるのは、
ちょっと高めのレストランだとか冠婚葬祭やらのセレモニーだとか、
一般的にそういう公の場所だ。
だけど、グラフペーパーフレームワーク虎の子のコットンシャツは
どんな偉人も洒落者も必ず自然体に戻る、寝床から生まれた。
リラックスタイムの心地よいムードを、
ドレスみたいにきれいな生地と製法とで取り入れたカジュアルシャツ。
面倒な手入れも、過度の気づかいも不要。
現代のストレス社会に、肩肘張らない洒落っ気と品格を。
Photographer: Junpei Fukushi
Text: Rui Konno
――パッと見、すごくシンプルなシャツですね。これはブロード生地なんですか?
南:そうです。
――いきなり失礼ですが、このシャツを作る必要性はどんなところにあったんですか?
南:僕ね、寝るのが好きなんですよ。ずっとベッドにいたいの。
――……え?
南:このシャツはそもそもの着眼点が、ベッドシーツを着たまま外に出られないかな、っていうところで。そしたらいつもベッドにいられるんじゃないかな、って。だから高級なベッドシーツで使われる生地、というのがこのシャツの本質です。
――確かに、ある意味コンフォータブルの究極と言えば究極ですね。
南:うん。ただ、シーツと捉えると、体を預けて擦れたりもするから、強度的にもファッションのものより強くなきゃいけなくて。それを、140番手っていうかなり細番手の糸を使って作ったんだけど、本当にきれいな生地ができたんですよ。
――そんなきれいな生地を使ったシーツ、見たことないです。
南:もはやシーツがどうこうってレベルじゃなくなってきていて(笑)、高級なシーツでもやらないようなやつをスーピマコットンの糸でつくりました。僕、スビン綿とスーピマ綿が好きなんですよ。スビンは独特のヌメっとした感じがあるんですけど、スーピマはさらっとしてて、肌あたりがソフト。だから素肌に触れるものはスーピマが良くて、アウターとかパンツにはスビンを使いたい。カットソーやニットもスビンかな。でも、シャツはスーピマがいいなと。
――ひとくちに超長綿と言っても個性があるんですね。
南:“シーアイランドコットン”って聞いたことあるでしょ? あれをインド綿と交配してインドで育てたのがスビンで、エジプト綿とアメリカ綿の配合種がアメリカで育ったものがスーピマっていう風に、土地が変わるとモノが変わる。ワインみたいだよね。
――でも寝るのがインスピレーションなのに、やっぱりパジャマみたいにはなっていませんね(笑)。
南:完全なるドレス縫製だからね。カジュアルシャツなんだけど、ものスゴく細かい運針で縫ってもらってる。あと、襟芯がフラシ(非接着芯)で、カタくならないように作られてるから、ネクタイして着るようなモノじゃなくて、ボタンを上まで留めても、1個開けても着られるラフな感じになってます。シャツ1枚でさらっと着られるのがポイント。
――このシャツもオックスフォードシャツみたいに1、2、Fのサイズ展開ですか?
南:そうです。で、Fだけ他のふたつのサイズよりもヨークを結構下げてあります。
――本当ですね。ただ縮尺が変わるだけじゃなく、大きさでバランスも変わると。
南:背中のゆとりの出方が大事だと思ってるからね。アメリカの服ってサイズを上げていくと全部デカくなるじゃない? ああいうことではないんだよね。ちゃんとそこもデザインしてる。
サイズFの背面側。他のサイズと比較せずとも、ヨークが低めなのがわかるはず。このバランスと左右のプリーツとで、背中に過不足の無いゆとりが生まれる。
――ターンブル&アッサーとかシャルベとか、無地のシャツの名門はいっぱいありますけど、やっぱり基本はドレス用途が主ですよね。
南:本当のドレスシャツになっちゃうと、僕が元々目指してる洗い晒しで着て格好いいシャツってところからズレちゃうから。あと、素材とのマッチングが良くないと思う。ここ(襟)が柔らかいからこれは全体の生地感と合うけど、襟だけカチッとしてたら何か違う。
――やっぱりシームにパッカリングが出てくることを想定して作ったんですね。
南:洗ったときに出るアタリ感とか、洗い晒しなんだけど上品に見えたりとか、そういう自分の中のイメージがあって、うまくそれ通りのものができました。これを作るのにどれぐらいやり直したのかな? 半年から1年くらいはやってた気がするな。ああでもない、こうでもないって。
――具体的に悩んだり、苦戦したところを教えて欲しいです。
南:パターンかな。縫いの見本を見ながら、脇の形はどうするかってパタンナーさんと何回もやり直しました。僕、脇が入ってる服が嫌いなんですよ。
――いわゆる“カマが浅い”アームホールですよね?
南:そう。だから脇を下げてくれってお願いするんですけど、そうすると今度は抱きっていって、胸と脇の間の余りが出てくるんですよ。だから「これは出さないで」ってめちゃくちゃなこと言って。
――うわぁ……。
南:それでもみなさん優秀なので、今となっては「南くんのところはそう作るのね」ってわかってくれるようになってだいぶ楽になりました。一緒に仕事をしたことのない、新しいパタンナーさんだと最初にその説明がめちゃくちゃ大変で。僕が何を言ってるのか理解できないから。そういう意味でも、定番に関しては大体が半年とか1年くらいかけてやっとできてます。
――そうやって根気強く開発に時間が割けるのも、1回のコレクションだけで次に同じものは出さないデザイナーズブランドにはできないやり方ですよね。
南:まぁ、そうだよね。何シーズンも出てなくて、ある時いきなりポコッと出るから。「定番が増えました」みたいに。「靴下を何年もやり直し続けて、やっと今回出ました」とかね。
――ファッションのプロ視点だと、このタイミングでのリリースには何か狙いがあるはずだ……となりそうです(笑)。
南:まったく無いんですけどね(笑)。「やっと人様にお見せできるものができました」っていうだけ。例えば靴下だったら、工場からサンプルが上がってきたら、一回めちゃくちゃにするの。履いて、洗って、乾燥機にかけてっていうのを何度もやって。それでどうなるかを見て修正してっていうのを繰り返して、通過したものだけが定番になれる。業者さんのテストじゃなくて、俺がどう使うかを大事にしてるので。
――テストの時は普通の服よりもラフに扱われるんですね。
南:はい。「洗濯、あと5回!」とかやってみたり。とにかく服を洗うのが好きで、なんでも洗っちゃう。洗えない服が嫌いだから、とにかく洗います。
――このシャツもそんな南テストを通過した、と。やってる最中、機屋さんとか工場さん、パタンナーさんとかって「南くんが何でそんなにこだわるのかわからない」みたいにならないんですか?
南:なるなる。「もう無理……」とかって。でも、「無理じゃないだろ」って(笑)。
――開発関係者の苦労が目に浮かびます。
南:みなさん、本当によくやってくれてますよね。多分、俺と仕事する上で、もう諦めてるんだと思います。「はいはい……。今回は何ですか?」みたいな。なるべくやりたくなさそうな顔、してますね(笑)。でも本当に優秀な人ばかりで、他にもすごいブランドから俺以上の無理を言われてたりするんですよ。話を聞いてたらさらに過酷だから、ウチのはまだ大丈夫だと思います(笑)。
――ぬるい関係性より、ぶつかっても最後に良いものができる方が大事ですよね。
南;それが一番良いよね。「まだ不満は残ってるけど、まぁ悪くないでしょ」とかよりも。僕がそういう空気を読める人間だったら良かったのかもしれないけど、読めないからなぁ。
――……。やっぱり、気になっちゃったらもう無視できないですか?
南:うん。実際に製品になっても、僕はやっぱり年中それを着てるわけで、そうなると気になるところが出て来たらもうダメ。ここの開きが気になるから、あと2ミリ変えてみてください、とか。
――世の中に発表できたらその定番は完成、ということでも無いと。
南:やっぱり、アップデートされてることが大事かなって。何も変えないんじゃなく、より良くしていくのが定番だと思う。もちろん、このシャツを着てて「前のと脇が違いますよね?」なんて言ってくる人なんてまずいないよ。言ってくる人がいたらウチの会社に入って欲しい(笑)。でも、ずっと着ていたらそういうこともあるかも知れない。そんな人たちのために、改良してあげたいなって。
――苦労話もうかがいましたけど、やっぱりこのシャツはシーツに包まるような気楽さで着て欲しいですか?
南:そうだね。これで僕が目指したシャツって、本当にTシャツみたいにバサっと着てもらう、そういうもの。それでいいんです。シャツってビシッとしなきゃいけないというか、アイロン掛けて、きちんと着るものって考え方があると思うけど、もっと適当にやって欲しい。着続けてクタってきたり、襟元が汚れてきたりしたら、同じものがまた手に入るわけだから。何のアンチテーゼでもないんですけど、“普通に良いシャツ”が欲しいと思って世の中を見渡した時に、無かったから作っただけ。それだけなんですよね。