
Text:Rui Konno
100% 思い通りにはならない、
そういうことを狙ってみたくて。
―今季のグラフペーパーはカラーパレットが印象的でした。コレクションの説明時に、“窯変”という言葉を使われていたと思うんですが、その理由から聞かせてもらえますか?
これは“墨(Sumi)”のとき(2024年春夏コレクション)から始まってるんだけど、作家さんが作品をつくるときって、こっちの意図とは別のところでものが生まれるわけじゃないですか。それを洋服に置き換えたらどういうことになるのか? っていう実験の第一段階があのときのコレクションで。意図的じゃないこと、意図できないことって何なのか、っていう。それで次はさらにもう一歩進めて、染めたり洗ったり、干したりとか、洋服が変化するポイントや手法にもそういう意図できない部分があるんじゃないかと。それを”窯変“っていう言葉で表したのが今シーズンです。
―製陶で使われる言葉ですよね?
うん。窯に入れて、灰釉をかぶって、それが結果的にどういう質感だとか色になるかはわからないっていうようなところが焼き物の世界にはあるんですよ。もちろん焼き物にもピンからキリまであるけど、どういう色の変化が多いのかなと色々見ていくと、いい色がけっこうあって。そのカラーリングを、変化するっていうところも含めてテーマにしてみようと思ったのがきっかけです。
―焼成の前後での変化のおもしろさに注目したと。
そうでうすね。もちろん製作者は意図して仕上がりをコントロールしようとするんですけど、それがなかなか100%思い通りにはならないはずで。でも、そこから意外性のあるいいものができたりすることもあると思うんです。そういうことを狙ってみたくて。あとは民藝だったり古いものだったりの経年みたいに、変化していくものってあるじゃないですか。そういうものの中には「新品だったらコレ、要らないな」みたいなものもあったりする。たぶん、年月とかそういうものはデザインできないから余計に魅力があるんだと思います。
―経年変化って、良くも悪くも予想の範疇を出がちですもんね。
元々は僕なんて、ステッチが1ミリ狂ってたらすぐに文句を言うような人間で。今もそういうところはあるんですけど(笑)、自分がコントロールしないでつくるものは最初からそのつもりでやってみようと思うようになってきました。とは言え、その中でもやっぱり美しさがないとダメなので、意図しないことが起きたときにはやっぱり文句を言ってたりはします。
―理不尽というか、ワガママというか…。
すみません(笑)。でも、作家さんが意図して“こういう仕上がりに持っていこう”と思ったとき、彼らはその過程を考えないといけないじゃない? 陶芸だったら、窯の温度がどれくらいか、灰釉はどうなってるか、とか。たぶん、それを想像しながらやってみて、テストしてダメで、また調整してやってみたら良くなって……とか、そういうことを繰り返してるうちに作家性だとか自分なりの表現に安定感が生まれてくると思うんです。そういう方々の制作に触れて「こういう考え方も素敵だな」と思ったんです。それで、僕もそういうふうに、ものをつくってみたいなと思っただけなんです。もしかしたら、決まったセオリーの中できっちりつくることに飽きてきたところもあるのかも。
―これまでの服づくりでも予想外の仕上がりになることはあるのかなと思ったんですが、そうでもないんですか?
もちろんそれはあるけど、思った以上にコントロールできちゃうんですよ。それにちょっとがっかりしてます。
―あんまり聞かないコメントですね(笑)。
だから「もっと安定しない生地にして」とか、「もっとぐちゃぐちゃになるやり方、ないの?」とか、今思えばちょっと前までとは真逆のことをよく言ってましたね。
JACKET Silk Noil Viscose Oversized Jacket
PANTS Silk Noil Viscose Sleeping Easy Pants
―(笑)。その姿勢の象徴として“窯変”という言葉を選んだわけですね。具体的にはどんなふうにプロダクトやルックに反映されてるんですか?
窯変で生まれる色とか、陶器の質感自体を意識して生地をつくったりしました。たとえばこれはシルクノイルっていう生地なんだけど、落ち綿っていって普通の紡績のときに落ちた繊維を集めて糸にした、要はリサイクル素材みたいなもの。で、陶器の質感って表面がざらざらしているものが多いから、わざとこのネップのある生地を選んで。
―通常はエシカル文脈で採用されそうな生地ですね。
ですよね。ただ、僕らはそういう環境のための服づくりを標榜してるわけじゃないし、あくまで都会の服として成立するかが大事なので、こういう生地だからこそきれいに縫うようにしたり、その辺のバランスはけっこう気にしてつくりました。
SHIRT Broad L/S Oversized Regular Collar Shirt
SHIRT Broad L/S Oversized Band Collar Shirt
―この生地はグラフペーパーのオリジナルなんですか?
ほとんど全部のアイテム、生地はオリジナルです。このシャツは窯変してる様を意識して染めてます。窯変も焼成の前後でかなり景色が変わるんですけど、実際の陶器みたいに濃いところから薄いところのグラデーションを染めで表現したくて。このシャツはやっぱり染色液にどれくらい浸すかとかで絶対的に個体差が出てくるんですけど、それもおもしろいよね、ということで選んだ手法です。実際やってみると意外とモダンに見えるなと。シャツに限らず、今季の色出しはうまくいったなと思ってます。素材が違えば色の出方も変わるので、けっこう難しかったんですけど。
―なるほど。あ、このシャツ、生地タグが別についてるんですね。
はい。これはアルモっていうスイスの老舗で、今回はダブルネームで生地をつくらせてもらったんです。今までにもトーマスメイソンの生地でシャツをつくったりしてるんですけど、こういう良いファブリックメーカーの生地でシャツをつくるところって、だいたいガチガチのドレス。でも、うちはドレスとカジュアルの間くらいでつくっていて、そのバランスがいいかなと。
クラシックでモダンをどうつくるか
SHIRT ALUMO for GP S/S Oversized Regular Collar Shirt
―ルックだとタイドアップにしてましたよね。あのスタイリングは南さんがご自身で?
そうです。自分の中でクラシック回帰してるところが最近はあって。元々、若い頃からおじさんが格好いいっていう気持ちはずっとあって海外に行ってもファッションショーよりその辺を歩いてるおじさんをよく見てたんですけど、その感覚が強くなってきてる気がします。ちょっと前までは、男性服的なルールをちょっと拒絶してる部分があったんですけど。
― 1周回って正統な着方がしっくり来たんですかね。
そうなのかなぁ。まぁ、プレッピーとかアイビーとか、そういう要素をさっき話したみたいなコンセプトのシーズンに加えてみたらどうなるかな、という気持ちはありました。一時期よりは肩周りも少しだけ構築的にしていて。クラシックでモダンをどうつくるかっていうのはウチらしいなと思ってます。
Coat Back Satin Linen Cupro Short Mods Coat
―このモッズパーカは表情がおもしろいですね。
それはリネンとキュプラのバックサテン。機屋さんからも「ちょっと仕上がりが想像つかない」って言われたところからスタートしてる素材です(笑)。キュプラっていうのはやわらかくて、リネンは反発性がある素材だからミックスしたらどうなるかわからないって。それを聞いて、今回僕らがやりたかった偶発性っていうところとマッチングした素材だなと。これは表情として、陶器で言う釉薬のガラス質が溶けて光沢が出るようなイメージ。
COAT Boiled Wool Oversized Bal Collar Coat
PANTS Boiled Wool 3 Pleat Trousers
―こっちもさりげないけど、表情豊かですね。
それはもう洗っちゃダメな生地を使って洗い加工をしたヤツです。ウールの縮絨。歪みを強めたくて洗いのお湯の温度を上げたり、色々したんですがそこまで極端には歪みませんでした。機屋さんが優秀なのかな(笑)。
―いっそ粗悪な生地の方が、歪んだんでしょうね。
でも、やっぱりギリギリの線でも洋服として成立してないとダサいとは思っていて。ただぐちゃぐちゃなだけの服って、言ってみたら絵が下手な人がただ下手くそな絵を描いてるだけ、みたいなこと。それじゃダメなんです。
―“芸術は爆発”を真に受けすぎた人みたいな。
そうそう。写実的にも描けるんだけど、わざと崩していくことに意味があると思うから。
―でも、ここまで聞いていて、クラシックや王道への回帰と偶発のものづくりが同居してるのは、やっぱりちょっと不思議な感覚ですね。
何て言うか、そういうどこか矛盾したものを同居させるっていうのは、僕はけっこう大事にしてます。それは服以外のデザインでも、空間でもそうだけど。わかりにくいけど、自分が欲しくなる服って、やっぱりそういうもの。その矛盾の先に何があるのかっていうのを、感覚的に理解してもらえたら嬉しいなと思ってます。